偽東京カレンダー

東京カレンダーに憧れる、田舎者。

体育会系大手企業サラリーマン。マサキの週末

時計をふと一瞥する。

0時30分。

 

最近はまっているのは、健康的でリッチな生活だ。


1時まで。

 

そうあと30分の男版シンデレラだ。

 

 

人生にはそもそも正解がない。
だから、今帰っても、はたまた帰らず次に行っても間違いではない。
大切なのはその行動を正しいと思う勇気を持てるかどうかなのだ。

 

 

自分で言うのも変だが、それなりに女性経験があるし、トークも苦手ではない。

それなりに場を盛り上げ、ロマンチックな雰囲気を作り、相手が一夜だけならその勇気も持てるのだが。


今夜はどうも調子が悪い。

いや、調子は悪くない。

 

いつもより段取りよくデートも運べている。

タクシーもタイミングよく捕まり、2軒目のお洒落なバーも予約している。

 

女性からのポイントは高いはず。


大手企業の若手が学ぶ飲み会の

「段取り」

はデートや合コンで最も活きる。その逆も然りなのだが。

 

だけど。

今日は何か歯車が噛み合わない。

 

多分「もう一件行こう」とか、言っても二つ返事で良い答えが返ってくる。

 

それでも、マサキは自ら痺れを切らせて言ってしまった。


「今日は帰ろうか」

 

「2次会はワリカンで!」

元気よく言う彼女だが、財布の中は3000円。
かくいう、マサキ自身も2000円。
会計はなんだかんだで19000円。


「じゃあ」

と言って、3000円だけ受け取り、残りはマサキがカードで払った。
カードのサインは筆記体の英語で書いてみた。

カードの裏には漢字で書かれたサインがある。

 

漢字で書くのは、父の教えだ。
英語で書くと、サインを真似されて海外で不正利用されるから漢字にしなさいという教えだったが、今時そんなこと関係ないと思う。


普段はそんな教えを守っているが、今日は小さく約款違反をしてみた。

 

 

「常連はこっちのエレベーターで通されるんだ」


得意げに言ってみる。


「また、大人ぶってる」


小悪魔のような可憐な笑顔でユウコがマサキの顔を覗き込む。

 

そんなやりとりがじれったい。

 

 

タクシーに乗る前に肩を抱き寄せて、キスをして、

 

「またね」

 

なんていつもだったら言えるのだが。


今日は、タクシーを止めてあげるのが精一杯だった。

 

彼女を見送り、足早に六本木に向かう。


いつもの仲間のいる店に行こうか。LINEをチェックしてみる。

 

やっぱりあの店にみんないるみたいだ。

 

LINEの通知が来た。

 

ユウコからだ。


「今日は本当にありがとう!また絶対飲み行こうね。来月末は時間がありそうだから、今度は、人形町の日本酒の店に行こうね!」

 

「こちらこそ!また行こうねー。飲み過ぎたから気をつけて!」


その後になれない手つきで、

ウサギがジョッキを持った滑稽なそれをあの日の彼女と同じように送っていた。

 

六本木に向かっていた足を止め、

踵を返しタクシーを拾った。


「目黒まで」

 

誰もいない行き先を告げ、グループLINEを閉じた。

 

淡い恋心なのか、はたまた懐かしさからくるセンチメンタルな気分なのか。


こんな気持ちは久しぶりだ。

苦しいけど楽しい。

 

世の中わかったフリするのが、社会人4年目。一周回って分からなくなるのが5年目。

その深みにハマるのが6年目。


深みも悪くないと思えた、そんな土曜日。


時計の針は1時30分をまわっていた。


「明日は、少し寝坊しよう。」

 

シャワーを浴びて、歯を磨いて、寝る前のふとした時間。

 


そんな風に思った。